葦辺の車家ブログ

自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない車家(くるまや)ゆきとが感じたこと・考えたことをそこはかとなく書き綴ります。

「『慰安婦』問題日韓合意」の真の目的は、日本軍性奴隷制被害者の救済ではない。

(社説)「慰安婦」30年 被害者の救済が原点だ:朝日新聞デジタル

www.asahi.com

文在寅(ムンジェイン)政権は、この合意(「慰安婦」問題日韓合意)を骨抜きにした」「近年の政府間対話が停滞した要因には、これら市民団体(日本軍性奴隷制被害者支援団体)の抵抗があった。日本の法的な責任追及にこだわるあまり、償いの受け入れを拒むよう女性らに働きかけることもあった」と、あたかも日本軍性奴隷制問題の解決を妨げているのは韓国の文在寅政権や市民団体だと言わんばかりの朝日新聞の社説には、ほとほと呆れます。日本軍性奴隷制問題の解決を妨げているのは、韓国の文在寅政権でも市民団体でもなく、日本軍性奴隷制について法的責任を認めて真摯に謝罪することを頑なに拒み続ける日本政府と、史実を歪曲して日本軍性奴隷制による人権侵害の正当化に腐心する日本の極右勢力です。

もちろん、現実問題として日本軍性奴隷制被害者への早急な補償が必要であることは否定しません。しかし、だからといって「日本とたたかっているのは、お金が欲しくてたたかっているのではない」*1という被害者の声を無視することが許されるわけではありません。つまり、日本政府が法的責任を認めて真摯に謝罪することを日本政府に求める被害者の方々がいらっしゃる*2以上、(賠償金ではない)「償い金」や「癒し金」による解決では、日本軍性奴隷制問題を真に解決するには不十分です。朝日新聞の社説は、その点を都合よく無視しています。

もっとも、当該社説の「日本政府は1993年の『河野談話』で、旧日本軍の関与の下、慰安婦だった女性らの名誉と尊厳を深く傷つけたとして、反省と謝罪を表明した」という一節に鑑みると、日本軍性奴隷制問題の真の解決に必要な反省と謝罪は「河野談話」のそれで十分だと朝日新聞は考えているのでしょう。たしかに、日本政府が「河野談話」で日本軍性奴隷制について旧日本軍の関与や強制的であったことを公式に認めて謝罪したのはその通りです。しかし、「河野談話」は、日帝による植民地支配の不法性を認めず、それゆえ日帝による朝鮮植民地支配下での人権侵害である日本軍性奴隷制について日本政府の法的責任を認めてはいません。これは、日帝による朝鮮植民地支配が天皇の名のもとに行われたものであり、それゆえ天皇の責任が問題となるからでしょう。誤解のないようにお断りしておきますが、私は「河野談話」の全てを否定するつもりはありません。しかし、今の日本が過去の日本による朝鮮植民地支配を真摯に反省するということは、たとえ帝国主義列強が築き上げた当時の国際法秩序に照らして「合法」だったとしても、それを言い訳にせず、帝国主義列強が築き上げた当時の国際法秩序の不当性を問い、人民の自決権を承認する現代の国際法秩序に照らして日帝による朝鮮植民地支配の不法性を認めることです*3。それゆえ、「河野談話」が、いくら「旧日本軍の関与の下、慰安婦だった女性らの名誉と尊厳を深く傷つけたとして、反省と謝罪を表明した」からといって、日帝による朝鮮植民地支配の不法性を認めていない以上、それは日本政府の法的責任、ひいては天皇の責任を回避するための「その場しのぎの反省とお詫び」でしかないと言わざるを得ません。つまり、「河野談話」の反省と謝罪は、日本軍性奴隷制問題の真の解決に必要な反省と謝罪としては不十分だということです。

それにしても、日本を代表する「リベラル紙」である朝日新聞は、なぜそんなにも「『慰安婦』問題日韓合意」に固執する*4のでしょうか。その答えは、「『慰安婦』問題日韓合意」の真の目的を考えると分かるかもしれません。

「『慰安婦』問題日韓合意」の目的が日本軍性奴隷制被害者の救済であると信じて疑わないというのは、いささかナイーブすぎるでしょう。「被害者の救済」というのは、あくまでも建前にすぎません。日本の大物右翼である櫻井よしこ氏は、「『慰安婦』問題日韓合意」を「日韓関係を改善し、日米韓の協力を容易にした」と肯定的に評価していますが*5、「『慰安婦』問題日韓合意」の真の目的は、つまるところ、日本軍性奴隷制問題という「歴史問題」に再び蓋をすることで、韓国の民主化によって生じた(新植民地主義的な)「日韓65年体制」の綻びを修復し、「日韓65年体制」が支える「米日韓三角(軍事)同盟」を維持・発展させることにあります。事実、「『慰安婦』問題日韓合意」を締結した当時の日韓両保守政権は、合意を締結した翌年の2016年に「盟主」アメリカの仲介によって「日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)」を締結しました*6。「『慰安婦』問題日韓合意」を肯定的に評価する日本のリベラル派*7にとって、「『慰安婦』問題日韓合意」は安倍政権の数少ない「功績」であるかもしれません。ただ、極右の歴史修正主義者である安倍晋三氏にとって「『慰安婦』問題日韓合意」の締結は、決して本意に沿うものではなかったはずです。事実、安倍氏の支持層からは反発もありました。しかし、それでも(当時の)安倍政権が妥協したのは、「歴史問題」に再び蓋をすることで「日韓65年体制」の綻びを修復し、「日韓65年体制」が支える「米日韓三角(軍事)同盟」を維持・発展させる必要があったからです。もしかすると、それは安倍氏にとって靖国参拝で「盟主」アメリカを失望させた*8失敗を挽回する意味もあったのかもしれません。他方、当時の韓国の保守政権である朴槿恵政権が、内政上のリスク*9を冒してまで妥協に応じたのは、やはり安倍政権と同様、「歴史問題」に再び蓋をすることで「日韓65年体制」の綻びを修復し、「米日韓三角(軍事)同盟」を維持・発展させる必要があったからです。つまり、「『慰安婦』問題日韓合意」は、「米日韓三角(軍事)同盟」の維持・発展を任務とする日韓両保守政権の「妥協の産物」だということです。なお、前出の「河野談話」も、日本軍性奴隷制に関する日本政府の責任を道義的責任にとどめることで、日帝による朝鮮植民地支配の不法性の問題をうやむやにした「日韓65年体制」を守らんとするものです。そのことを考えると、「『慰安婦』問題日韓合意」は「河野談話」の延長線上にあるものだといえます。

こうしてみると、日本を代表する「リベラル紙」である朝日新聞が「『慰安婦』問題日韓合意」に固執したり、一部のリベラル派が「『慰安婦』問題日韓合意」を肯定的に評価したりするのは、つまるところ日韓両保守政権や日韓両国の右派と同じく「日韓65年体制」を守りたいからだといえます。これについては、日本のリベラル派と右派の思惑が重なることを不思議に思う人も少なくないかもしれません。しかし、日本の「戦後平和主義」を支えてきたのが、新植民地主義的な「日韓65年体制」と、それが支える「米日韓三角(軍事)同盟」であることに鑑みると、「平和国家の国民」であることをアイデンティティの拠り所とする日本のリベラル派が「日韓65年体制」を守りたいと考えるのは不思議なことではありません。

ただ、そうはいっても、そもそも政治の問題でなく人権の問題である日本軍性奴隷制問題は、「米日韓三角(軍事)同盟」を維持・発展させるためという「帝国の論理」に翻弄されてはならないものです。しかるに、日本軍性奴隷制被害者の真の救済を犠牲にして「米日韓三角(軍事)同盟」を維持・発展させること、すなわち人権を犠牲にして「帝国」の利益を図ることは、まさしく朝日新聞やリベラル派が批判する「日帝の論理」です。それでも朝日新聞や一部のリベラル派は、「米日韓三角(軍事)同盟」のおためごかしにすぎない「『慰安婦』問題日韓合意」を肯定的に評価し続けるのでしょうか。

朝日新聞は、社説の中で文在寅政権に対し「文政権は、合意が『被害者中心になっていない』と疑義を投げかけたが、具体的な改善策などは示していない」と苦言を呈していますが、しかし、そもそも文在寅政権が「具体的な改善策など」を示す必要は全くありません。なぜなら、日本政府が日本軍性奴隷制による人権侵害の法的責任を認めて謝罪し賠償することが、日本軍性奴隷制問題の真の解決を実現するための最善かつ唯一の方法だからです。そして、それは本当に日本の政府と国民が過去の植民地支配とその下で行われた人権侵害を真摯に反省しているのであれば、決して難しいことではないはずです。