日本人の中には、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺に関して「日本人も朝鮮人と間違われて殺された」ことを強調する人たちが、少なからず見受けられます。そういう人たちは、もしかすると関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺を「日本人も朝鮮人と間違われて殺されたから、自分たち日本人にとっても決して他人事ではない」と思っているのかもしれません。しかし、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺が日本人にとって他人事ではないのは、「日本人も朝鮮人と間違われて殺されたから」では決してありません。
言うまでもなく、関東大震災時の日本人による朝鮮人・中国人虐殺の根底にあるのは、今もなお続いている天皇制国家・日本の朝鮮人や中国人に対する構造的差別です。関東大震災時に朝鮮人や中国人を虐殺した日本人たちは、天皇制国家・日本で差別されている朝鮮人や中国人だからこそ、朝鮮人や中国人を差別する意図をもって、朝鮮人や中国人を虐殺しました。そして、千葉県福田村(現野田市)で香川県から行商に訪れた被差別部落の人たちを虐殺した*1日本人たちも、朝鮮人や中国人を差別する意図をもって、結果的に香川県から行商に訪れた被差別部落の人たちを虐殺しました。つまり、天皇制国家・日本に朝鮮人や中国人に対する構造的差別があり、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」たちが朝鮮人や中国人に対する差別を内面化していたからこそ、日本人は関東大震災時に多くの朝鮮人や中国人を虐殺し、さらには「朝鮮人と間違えて」香川県から行商に訪れた被差別部落の人たちを虐殺したのです。
わたしが諸君に知ってほしいのは、植民地主義の苛酷なしわざ、その内的必然性、これに従えば今日のわれわれの状況におちこまざるをえないということ、この地獄の軌道の内側では、いかに純粋なもくろみが生まれようと、瞬時に堕落してしまうということなのである。
なぜかというと、良い植民者がおり、その他に性悪な植民者がいるというようなことは真実ではないからだ。植民者がいる。それだけのことだ。
(J-P・サルトル「植民地主義は一つの体制である」多田道太郎訳 人文書院『植民地の問題』33頁)
関東大震災時に朝鮮人や中国人を虐殺した日本人たちも、その多くは、今でいうところの「レイシスト」ではなく、日頃は天皇制国家・日本の「善良」な「国民」だったのでしょう。しかし、そんな彼らは、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」であるがゆえに、天皇制国家・日本の構造的差別である朝鮮人や中国人に対する差別を内面化し、差別デマに煽られるがままに朝鮮人や中国人の虐殺に及んだのです。
こうしたことから、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺が日本人にとって他人事ではないのは、「日本人も朝鮮人と間違われて殺されたから」ではなく、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」である以上は「殺す側」になりかねないからだということがわかります。つまり、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」は、構造的に「殺される側」ではなく「殺す側」だからこそ、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺を繰り返してならないのです。
もしかすると「リベラル」派の中には、自分は天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」だけれども、「レイシスト」ではないから「殺す側」には決してならないと思っている人もいるでしょう。しかし、関東大震災時にも「殺す側」から排除されて殺されたくないから「殺す側」に留まり虐殺に及んだ「国民」もいたかもしれません。つまり、たとえ「レイシスト」ではなくても天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」である以上は、「殺す側」であることから逃れることは決してできないのです。そして、朝鮮半島にルーツを持ち「日本人」を自認しない私も、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」である以上は例外ではありません。
関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺に関しては、「日本人も朝鮮人と間違われて殺された」ことに加えて、「虐殺から朝鮮人と中国人を救った日本人もいた」*2こともよく強調されます。しかし、「虐殺から朝鮮人と中国人を救った日本人もいた」から何だと言うのでしょうか。「そうした先人のような立派な日本人に、われわれもなりましょう」とでも言うのでしょうか。
日本人が関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺を繰り返さないためにするべきことは、「虐殺から朝鮮人と中国人を救った先人のような立派な日本人になる」ことではなく、今もなお続いている天皇制国家・日本の外国人に対する差別構造を壊すことです。そうした差別構造は、天皇制国家の権力者層すなわち人が作ったものですから、天皇制国家・日本のマジョリティでたる「国民」はそれを壊していくことができますし、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」が「殺す側」であることをやめるためには、それを壊していかなければならないのです。そして、そのためにもまず、天皇制国家・日本のマジョリティたる「国民」たちは、「虐殺の被害者には日本人もいた」あるいは「虐殺から朝鮮人と中国人を救った日本人もいた」といって「逃げ道」を作らずに、日本人による朝鮮人・中国人虐殺という加害の歴史と徹底的に向き合わなければなりません。
日本の天皇制イデオロギーや民族排外主義について、僕があえて権力の側がつくったものという面を強調してきたのは、日本人の太閤以来変わらぬ民族性といったようないい方は問題の本質をかえってムードでぼかしてしまうと思うからです。人がつくったものだから、われわれはこれをこわしていくことができるのです。自然現象のような「民族性」ということばは絶望に通じていきかねない。紀元前にしても天皇制にしても明治の、日本の資本主義が発生していく過程で明らかに意図的につくられたものなのです。今のわれわれの実感ではそうは到底思えないくらい血肉化しちゃっいるけれども、元をただせば権力の側からつくり出されたものが、われわれが自分の責任において自分の生活をその中に埋没させたことによって、一つの既成事実となったのです。
(梶村秀樹『排外主義克服のための朝鮮史』平凡社ライブラリー 174―175頁)