〈天皇陛下のお言葉全文〉「深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う」 全国戦没者追悼式:東京新聞デジタル
終戦以来81年、人々のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。戦中・戦後の苦難を今後とも語り継ぎ、私たち皆で心を合わせ、将来にわたって平和と人々の幸せを希求し続けていくことを心から願います。
ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和とわが国の一層の発展を祈ります。
〈天皇陛下のお言葉全文〉「深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願う」 全国戦没者追悼式:東京新聞デジタル
案の定、天皇徳仁が全国戦没者追悼式で述べた言葉を絶賛する「リベラル」派たちが多く見受けられます。しかし、そんな「リベラル」派たちの多くが絶賛する徳仁の言葉も、私には「戦後平和主義」の欺瞞に満ちたものとしか思えません。
徳仁は、「終戦以来81年、人々のたゆみない努力により、今日のわが国の平和と繁栄が築き上げられ」たと言います。しかし、はたして「今日のわが国の平和と繁栄」すなわち戦後日本の「平和」と「繁栄」は、日本国憲法のよって立つ恒久平和主義を体現したものであるといえるでしょうか。
米国は、日本とアジアを米国を頂点とする分業関係のネットワークのもとに位置づけた。韓国には戦闘基地の役割が、日本には兵站基地の役割が与えられた。日本が「平和」を維持できたのは、在日米軍の七〇%以上を沖縄に駐屯させ、韓国が戦闘基地、すなわち軍事的バンパーとしての役割を担い、周辺地域が軍事的リスクを負担したからだ。
(権赫泰『平和なき「平和主義」』法政大学出版局 はしがき x頁)
徳仁が「終戦以来81年、人々のたゆみない努力により築き上げられ」たと言う「今日のわが国の平和」すなわち戦後日本の平和主義体制は、米国主導の国際秩序の維持・発展に伴う軍事的リスクを沖縄と韓国が負担するという、沖縄と韓国の犠牲の上に築かれたものです。
よく知られているように、いわゆる特需ブームとは何であったかです。アメリカは朝鮮戦線で莫大な物量の消耗戦を平気でやる、その武器の生産ないし修理はもっぱら日本が引受けている。日本の重工業資本は、戦後の復活のキッカケをここではじめてつかむ。特需が全体として日本の国際収支を支え、後の「高度成長」政策を可能にしていく。朝鮮戦争の犠牲の上に日本の資本主義体制、六〇年代以降につらなるその体制は築かれたのです。いま一度そのことをきわめて重い問題として考えておく必要があると思います。
(梶村秀樹『排外主義克服のための朝鮮史』平凡社ライブラリー 270―271頁)
そして戦後日本は、憲法9条があるにもかかわらず、米国と「安全保障」に名を借りた軍事同盟を結び、皮肉な話ですが憲法9条のおかげで自らの手を血で汚すことなく朝鮮戦争(1950年~)やベトナム戦争(1960~75年)といった米国主導の「国際秩序」を維持・拡大するための戦争に加担することで得た血生臭いカネを養分に日本資本主義が膨張することで繁栄してきました。これがまさに、徳仁が「終戦以来81年、人々のたゆみない努力により築き上げられ」たと言う「今日のわが国の繁栄」の正体です。
つまり、徳仁が「終戦以来81年、人々のたゆみない努力により築き上げられ」たと言う「今日のわが国の平和と繁栄」は、沖縄と朝鮮半島、さらにはベトナムの理不尽な犠牲の上に成り立つ「戦後平和主義」の欺瞞の産物なのです。徳仁の言葉は、そうしたことを隠蔽し「国民」たちに忘れさせます。
徳仁は「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致」すと言いますが、徳仁はもちろん「リベラル」派の多くも、先に述べた「戦後の長きにわたる平和」に内包された矛盾から目を逸らします。しかし、そうした「戦後の長きにわたる平和」に内包された矛盾が激化したものこそが、まさに昨今の日本における軍国主義の台頭なのです。
徳仁は「深い反省」を口にしますが、いったい何を深く反省しているのでしょうか。「戦後平和主義」の欺瞞に満ちた徳仁の言葉から考えれば、それは石破前首相の「反省」*1と同様、せいぜい米国をはじめとする連合国と無謀な戦争をして、多くの犠牲を出し、無残な敗北を喫したことを反省するものでしかないでしょう。徳仁が「戦中・戦後の苦難を今後とも語り継」ぐと言うように、戦後日本で語り継がれるのは戦中や戦後まもなくの占領期における日本人の苦難ばかりで、天皇制国家による戦争加害あるいは植民地支配による加害の歴史が語り継がれることは皆無に等しいと言っても過言ではありません。「リベラル」派の多くが、高市の「惨禍を繰り返させない」という言葉を批判していますが*2、徳仁の「繰り返されぬことを切に願い」という言葉も高市のそれと同様、どこか他人事です。
もちろん、こうしたことは徳仁や石破だけの問題ではありません。戦後日本の「反省」が、そうした米国をはじめとする連合国と無謀な戦争をして、多くの犠牲を出し、無残な敗北を喫したことを反省するものでしかないからこそ、「平和憲法」をないがしろにしてアジアにおける米国の覇権を維持・拡大するための「来たるべき戦争」の準備を進め、アジアを再び戦場にしようとしているのです。天皇制国家・日本は、米国をはじめとする連合国との無謀な戦争、すなわち太平洋戦争以前に、朝鮮侵略の第一歩となった江華島事件、朝鮮王宮への侵犯、甲午農民戦争での日本軍による農民虐殺、朝鮮支配めぐる戦争である日清戦争、台湾植民地支配、朝鮮支配めぐる戦争である日露戦争、朝鮮植民地支配、中国侵略の始まりである満州事変、日中戦争、日中戦争での日本軍による南京大虐殺……と、数々の過ちを重ねてきました。そうした過ちの積み重ねの延長線上に、米国をはじめとする連合国と無謀な戦争という過ちがあります。それを考えると、戦後日本が本当にするべき反省は、天皇制国家がアジアを侵略・植民地支配したことなのです。もし戦後日本が天皇制国家によるアジア侵略・植民地支配を深く反省していたなら、今日もなお天皇制国家体制が存続していることはないはずです。つまり天皇徳仁の「深い反省」も、「令和ファシズム」を推し進めるための口先だけの欺瞞でしかなく、徳仁の言葉を絶賛する「リベラル」派たちは「令和ファシズム」にまんまと絡め取られてしまっているということです。
