葦辺の車家ブログ

自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない車家(くるまや)ゆきとが感じたこと・考えたことをそこはかとなく書き綴ります。

関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者の追悼は、今なお続く民族差別の「免罪符」には決してならない。

関東大震災犠牲同胞慰霊碑 千葉県船橋市・馬込霊園

熊谷知事、関東大震災の式典に弔電 朝鮮人虐殺めぐる追悼文は初めて [千葉県]:朝日新聞デジタル

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千葉県の熊谷俊人知事は5日の定例会見で、1923年の関東大震災で虐殺された朝鮮人の追悼式に弔電を送ったことを明かした。朝鮮人虐殺をめぐる熊谷知事の追悼文は初めてで、「これまでも朝鮮人の犠牲に関しては、あってはならないことと申し上げてきた。国籍や民族などの違いを超えて犠牲者を追悼したいとの考えから、哀悼の意を表した」と説明した。

 

熊谷知事、関東大震災の式典に弔電 朝鮮人虐殺めぐる追悼文は初めて [千葉県]:朝日新聞デジタル

熊谷県政に対して批判的な千葉県民の私ですが、今回初めて熊谷俊人知事が県内で行われた関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式に弔電を送ったことについては、関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺の史実を否定する歴史修正主義が横行する日本社会にあっては決して小さくない変化であり、素直に評価したいと思います。

ただ、それでもあえて言いたいのは、関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者の追悼は、今なお続く民族差別の「免罪符」には決してならないということです。

熊谷氏は、千葉市長時代の2017年、千葉市内の朝鮮小中級学校が開催した美術展で展示された作品の表現内容を理由に同校への補助金の支給を停止し*1、千葉県知事の現在は、前・森田県政の2011年に始まった*2県としての補助金の不支給を継続するなど、県内の朝鮮学校に対する差別政策を続けています。熊谷氏が関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者の追悼式に弔電を送り、哀悼の意を表したことは、こうした熊谷県政の朝鮮学校に対する差別政策の「免罪符」には決してなりません。関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺の根底にあるのは、日本社会の民族差別です。そして、それは追悼式実行委の呉学成(オ・ハクソン)さんがおっしゃるように*3虐殺から101年が経過した今日も日本社会に存在し続けています。つまり、「虐殺する側」にいる日本社会のマジョリティである日本人が今日も存在し続けている日本社会の民族差別を克服しなければ、日本人は大災害時のジェノサイドという101年前の過ちを再び繰り返しかねないのです。

熊谷氏は、弔電を送ったことについて「国籍や民族などの違いを超えて犠牲者を追悼したいの考えから、哀悼の意を表した」と説明しています。しかし、熊谷氏をはじめとする日本社会のマジョリティである日本人は、何よりもまず「虐殺する側」にいる日本社会のマジョリティである日本人として、日本人に虐殺された犠牲者を追悼すべきです。そして、ただ追悼するだけではなく、「虐殺する側」にいる日本社会のマジョリティである日本人として、関東大震災時の朝鮮人虐殺の史実と、その根底にある日本社会の民族差別と真摯に向き合い、虐殺から101年が経過した今日も日本社会に存在し続けている民族差別を克服しなければなりません。つまり、日本人が関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺犠牲者を追悼することは、「虐殺する側」にいる日本社会のマジョリティである日本人が、大災害時のジェノサイドという101年前の過ちを再び繰り返さないために、101年前の虐殺の根底にある日本社会の民族差別を克服するために必要なのであって、国籍や民族などの違いを超えた個人の心情的な問題だけに矮小化してはならないのです。

*1:日本の自治体、慰安婦合意批判したとして朝鮮学校の補助金を打ち切る : 日本•国際 : ハンギョレ新聞

*2:〈補助金問題の現在地~3.29通知を受けて~ 1〉補助金問題に風穴を/千葉市 | 朝鮮新報

*3:“式後、呉さんは「虐殺から101年が経過したが、朝鮮学校の高校無償化制度除外など朝鮮人への差別は変わらず存在している」と強調し「過去の歴史を十分に理解し、誰もが分け隔てなく付き合えるようになってほしい」と力強く呼びかけた。”朝鮮人虐殺、犠牲者を追悼 熊谷知事、初めて弔電 関東大震災101年 船橋で150人参列、差別ない社会実現へ | 千葉日報オンライン