あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

鈴木道彦『越境の時―一九六〇年代と在日』雑感

越境の時―一九六〇年代と在日 (集英社新書)

越境の時―一九六〇年代と在日 (集英社新書)

 

本書は、2007年に集英社新書の1冊として刊行されたものですが、しかし、いまこそ多くの「日本人」に読まれてほしい1冊だと思います。

残念ながら、本書で取り上げられている1960年代から50年余りが経った現在においても、鈴木先生が提起された問題は何ら解決されず、ますます状況は悪化しているといえます。

しかし、だからこそ(1960年代から50年余りが経過しただけでなく、本書の刊行から8年余りが経過した)現在でも本書は、その有効性を失っていないのではないのでしょうか。

もちろん、本書や鈴木先生の言説に対しては、いろいろ批判もあるかもしれません。ですが、本書を読む限り、鈴木先生は批判をはぐらかすことなく、正面から向き合ってこられたのだと感じられます。

フランス文学者である鈴木先生が、日本における民族差別問題に取り組まれるようになったきっかけは、フランス留学中にアルジェリア独立運動を間近に見たことだったそうです。それゆえ、日本における民族差別問題を、「『日本人』の民族責任」だととらえる鈴木先生の問題意識は、「反ユダヤ主義は、ユダヤ人の問題ではない、われわれの問題である」ととらえるJ=P・サルトル先生の問題意識に通じるものがあるように感じられます。したがって、鈴木先生の問題意識を深く掘り下げるには、J=P・サルトルユダヤ人』(岩波新書)を併せて読むべきかもしれません。

なお、ただひとつ心配なのは、現在の状況に鑑みると、本書のような良書でさえも、歪曲され民族憎悪のネタとして利用されてしまうのではないか、ということです。そんなことは、杞憂であればいいのですが……。

 

ユダヤ人 (岩波新書)

ユダヤ人 (岩波新書)