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あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

「独裁国家」の、民主主義。

中国の反ファシズム宣伝、史実違うと批判 党は統制強化:朝日新聞デジタル

http://www.asahi.com/articles/ASH8W419FH8WUHBI00L.html

上記リンク先の記事を読んで、おそらく「政権に都合よく歴史を修正し、政権の歴史観にそぐわない情報を排除する中国は、なんて酷い独裁国家だ」と思う人も少なくないでしょう。

ですが、この記事で本当に大切なのは、中国共産党政権の「歴史修正主義」的態度を伝える部分なのでしょうか。

私が思うに、この記事で本当に大切なのは、中国共産党政権の「歴史修正主義」的態度を伝える部分ではなく、歴史修正プロパガンダを批判する中国人民の声がインターネット上にあふれていることを伝える部分です。

翻って見るに、日本はどうでしょう。

日本の自民党政権も中国の共産党政権と同様、政権に都合よく歴史を修正し、歴史修正プロパガンダに腐心しています。そして、そのような政権の態度を批判するどころか、政権の修正主義的歴史観に手放しで賛同し、そのような歴史観に基づく言説を賛美する「日本国民」の声がインターネット上にあふれています。

もちろん、政権の修正主義的歴史観やそれに基づく言説を批判する声も皆無ではありません。しかし、そのような声に対しては、「反日」や「売国奴」、あるいは「日本から出ていけ」といった罵詈雑言が浴びせられるのが現状です。

こうしてみると、「国際社会の常識」では独裁国家と考えられている中国の人民と、民主主義国家と考えられている日本の「国民」の、果たしてどちらがより民主主義の精神を持っているといえるでしょうか。

べつに私も、日本が「民主主義」の体制を採る国家であることを否定するつもりはありません。ですが、日本が「民主主義」の体制を採る国家であるがゆえに、私たちは「民主主義」の精神を失ってしまっている、そんな気もします。そういった意味では、私たちはたしかに「平和ボケ」なのでしょう。

逆説的に聞こえるかもしれませんが、「民主主義国家」と呼ばれるに暮らす私たちが失ってしまった「民主主義の精神」を取り戻すには、「独裁国家」と呼ばれる国に暮らす「民」に民主主義の精神を学ぶことが必要なのかもしれません。