あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

憲法第9条だけではなく、憲法第21条も未来へ。

5月3日は憲法記念日ということで――

 

憲法問題というと、今朝の新聞の紙面を見てわかるように、どうしても憲法第9条がクローズアップされがちです。

もちろん、憲法第9条日本国憲法で最も特徴的な規定であり、かつ重要な規定であることは言うまでもありません。

しかし、〈戦争〉をどこか遠い世界の出来事のように感じてしまいがちな現代においては(「〈戦争〉はどこか遠い世界の出来事である」ということ自体がもしかすると〈幻想〉なのかもしれませんが)、憲法問題=憲法第9条の問題というイメージが定着してしまう結果として、憲法そのものがどこかよそよそしい存在となってしまってはいないでしょうか。

私が思うに、もちろん憲法第9条の重要性を訴えることも大切ですが、それのみならず、憲法21条(表現の自由)の重要性を訴えることも大切なのではないかと。もしかすると、今まさに差し迫った危機にさらされているのが、憲法21条(表現の自由)なのではないかと思うのです。

平和問題を身近に感じることができない人であっても、昨今のアニメや漫画の表現規制問題であれば身近に感じることができるかと思います。それゆえ、こうした身近な表現の自由の問題を通して、どこかよそよそしい存在であった憲法を身近に感じることができるのではないでしょうか。また、平和の重要性を訴えようとしても、そもそも表現の自由が保障されていなければ訴えることができません。

ところで、なかには「好きなアニメや漫画が規制されてしまうのは嫌だけど、日本を脅かす悪い国をやっつけるためには自衛隊ではなく軍隊が必要であって、場合によっては戦争も止むを得ないだろう」と考える人もおられるでしょう。

しかし、組織化された暴力である戦争にとって、娯楽(戦争に飲み込まれてしまった娯楽は別として)は本質的に禁圧すべきものであります。それゆえ、自由な娯楽を享受するためには、やはり平和を大切にしなければならないと言えるのです。

「……人間の自由と生存は平和なくして確保されないという意味で、平和主義の原理もまた、人権及び国民主権の原理と密接に結びついている。」(芦部信喜憲法岩波書店