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あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

「不安」と「絶望」について

現代の若者は将来に不安を感じ、将来に絶望している。

巷で見かける、この言説。現代の若者の心境を表したものとして、一見至極的確とも思えます。

ですが、はたして本当に至極的確といえるのでしょうか。

私が思うに、未来は確実に知ることができないものであり、ましてその未来が遠いものであればあるほどいろいろと想像してしまうのですから、未来に不安を抱くことはごく自然なことなのではないでしょうか。つまり、不安は未来を想像することのいわば当たり前の副産物なのです(私たちがあれこれ想像する間もなく次から次へと現れる一秒先の未来については、私たちはこれといって不安を抱かないのが通常だと思います。)。もしも未来に全く不安を感じていないとすれば、それはむしろ迷妄なのかもしれません。

また、未来が不確かなものであるのにもかかわらず、明るい未来を望むからこそ不安が生まれるのであって、そもそも望みを絶っているのならば明るい未来が実現しようがしまいがどうでもよいのですから、不安は生まれないはずです。そうだとすれば、「不安」と「絶望」は本来は相容れないものであるといえます(にもかかわらず、「不安」と「絶望」がセットで使われるのは、この両者を並べてみればなんとなくダウナーな雰囲気を醸し出すことができるからでしょうか。)。

結局のところ、「将来に不安を感じ」るのは何も「現代」の若者に限ったことではなく、未来のある人間(すなわち生きている人間)なら当たり前のことなのです。ですから、将来に不安を抱くことを卑屈に考える必要はないのです。また、そんな「当たり前」な不安を受け容れたくないのであればともかく、受け容れることができるのであれば、誰も確実に知ることができない未来なんてものに今から絶望することは、なんとも無駄なことだと思うのです。