あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

変えるべきは憲法9条ではなく日本軍「自衛隊」である。

岸田首相、「7月の選挙で改憲呼びかけ」、自衛隊の違憲論争に終止符 : 東亜日報

 

9条改憲を目指す改憲派は、憲法9条を変えることで、「戦力の不保持」を定めている憲法9条と「自衛隊」の矛盾を解消すべきだと主張します。

日本国憲法

第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

しかし、そもそも「自衛隊」が違憲であるならば、「自衛隊」の存在の根拠となる法令が無効となり、「自衛隊」は存在することが許されなくなるはずです。つまり、「自衛隊」が違憲であるならば、「自衛隊」は解体されなければならないのであって、「自衛隊」ではなく憲法9条を変えるのは背理です。改憲論者である安倍元首相は、しばしば「法の支配」という言葉を口にしますが、(安倍氏が口にする「法の支配」という言葉の意味はさておき)「憲法を守りたくないからこれを変えてしまおう」というのは、それこそ「法の支配」(専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理)の否定と言うほかありません。

自衛隊」は、たしかに建前としては憲法の禁ずる軍隊ではありません。しかし、日本の軍事力が世界第5位*1(2022年現在)であることや、軍隊ではないはずの「自衛隊」が対中国戦争に向けて欧米諸国の軍隊と合同軍事演習を行っている*2ことに鑑みれば、「自衛隊」はれっきとした軍隊であると言わざるを得ないでしょう。

改憲派は、9条改憲が必要な理由として、よく「冷戦構造の崩壊に伴う国際情勢の劇的な変化」ということを挙げます。しかし、憲法9条と「自衛隊」の矛盾は、昨日今日に始まったことではありません。すなわち、憲法9条と「自衛隊」の矛盾は、戦後間もない1950年の「日本の再軍備*3に始まったのです。そして、「自衛隊」(当初の名称は「警察予備隊」)の名で日本軍が復活するきっかけとなった「日本の再軍備」は、(憲法9条があるにもかかわらず)日本がアメリカの戦争に協力するために行われたものです。つまり、「冷戦構造の崩壊に伴う国際情勢の劇的な変化」というのは、「日本の再軍備」から今日まで、憲法9条があるにもかかわらず日本が軍隊を保有し、アメリカの戦争に加担していることを正当化するための「後付けの言い訳」に過ぎないのです。

改憲派は、よく「憲法9条で他国による侵略から日本を守れるのか」と言います。もちろん、憲法9条は「弾除けのお守り」ではありませんから、憲法9条それ自体によって他国による侵略を防ぐことはできません。しかし、「憲法9条で他国による侵略から日本を守れるのか」と言う改憲派は大きな勘違いをしていますが、そもそも憲法9条は、かつて他国を侵略した日本に、再び他国を侵略させないためのものです。そして、政権与党が侵略戦争への欲望を抑えられない*4ことからわかるように、いまだ軍国主義を克服できない日本は、依然として「侵略する側」なのです。

もっとも、憲法9条は独立国家に固有の自衛権までも否定するものではなく、自衛のための必要最小限度の実力を行使することは憲法上許されると解することは可能です。そうだとしても、先にも述べたように、れっきとした軍隊である「自衛隊」が「自衛のための必要最小限度の実力組織」であるといえるかは甚だ疑問です。つまるところ、憲法9条と「自衛隊」の矛盾を解消するために変えるべきなのは、憲法9条ではなく日本軍「自衛隊」なのです。