葦辺の車家ブログ

自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない車家(くるまや)ゆきとが感じたこと・考えたことをそこはかとなく書き綴ります。

日本政府は、日本軍「慰安婦」訴訟の判決を真摯に受け入れるべきである。

菅首相「韓国は国際法上の違反 是正措置を」韓国での判決受け | 日韓関係 | NHKニュース

 

本当に日本軍性奴隷制被害者に対する「心からのおわびと反省の気持ち」*1が日本政府にあるならば、日本政府は今般の判決を真摯に受け入れるはずです。しかし、今般の判決に対する日本政府の態度に鑑みると、日本政府による「心からのおわびと反省の気持ち」の表明は、やはり口先だけのようです。

日本の菅首相は、今般の判決を「国際法上、主権国家は他国の裁判権には服さないのが決まり」であり、国際法上の違反であると主張しています。たしかに、慣習国際法上は主権国家は他国の裁判権に従うことを免除されるという主権免除の規則が存在します。しかし、これは決して絶対的な規則ではありません。なぜなら、今日では国家の私法的・商業的な行為については裁判権からの免除を認めないとする「制限免除主義」が通説だからです(最高裁判所平成18年7月21日第二小法廷判決)*2。そして、法廷地国の領域内における外国の不法行為による人身傷害及び財物毀損についての金銭賠償請求訴訟では主権免除を認めないという、主権免除の例外である「不法行為例外」が多くの国の裁判例、国内法、条約*3で認められており、日本も外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律*4第12条でこの「不法行為例外」を採用しています。したがって、日本軍性奴隷制被害者に対する加害行為の一部(欺罔又は強制による連行)が多くの場合韓国の領域内を起点として行われており、法廷地国領域内の不法行為であることに鑑みれば、不法行為例外の適用により主権免除を否定することが可能です山本晴太「『慰安婦』訴訟における主権免除」*5なお、不法行為例外の適用と「武力紛争遂行過程における」「国家の軍隊による行為」には主権免除が適用されるという慣習国際法との関係については、同論文のⅣ-2を参照してください。)。したがって、今般の判決が「国際法上の違反である」というのは、あくまでも日本政府の一方的な主張にすぎません。しかるに、それをあたかも絶対的真理であるかにように語ることは、知的不誠実であると言わざるを得ません。

日本では、大手メディア*6や野党*7が今般の判決による「日韓関係の一層の悪化」を真っ先に憂慮していますが、しかし、そこでいう「日韓関係」とはせいぜい新植民地主義的な「日韓65年体制」に基づく関係でしょうから*8、そのような「日韓関係」を日本軍性奴隷制被害者の人権救済よりも優先するべき道理はありません。なぜなら、日本軍性奴隷制問題は日韓の政治的対立の問題ではなく、日帝による不法な朝鮮の植民地支配を背景とした人権侵害の被害者救済という人権の問題であって*9、日本軍性奴隷制問題で何よりも大切なのは被害者の人権救済だからです。そして、慣習国際法と解される世界人権宣言*10第8条*11が人権侵害に対する効果的な司法的救済を受ける権利を規定していることに鑑みれば、韓国の裁判所が日帝による不法な朝鮮の植民地支配を背景とした人権侵害に対する効果的な司法的救済を拒否する理由はありません。これは、日本の裁判所が外国人被害者の裁判利用を拒否する*12のであれば、なおのことです。日本の外務省幹部は、今般の判決を「国際法的にも常識的にも、あり得ない判決だ」と腐していますが*13国際法的にも常識的にもあり得ないのは、慣習国際法である世界人権宣言第8条の趣旨にも人道にも悖る日本政府の態度です。

さて、不法行為例外を適用する前提として日本軍性奴隷制による人権侵害を不法行為と構成することについては、「人権が国際規範として本格的に発展するようになったのは国連創設以降のことであり、それ以前の戦時性暴力を不法行為とだというのは無理がある」という批判があります*14。たしかに、国連創設以前の戦時性暴力は、帝国主義列強が暴力によって築いた「当時の国際秩序」に鑑みれば不法行為ではなかったのかもしれません。しかし、それはあくまでも帝国主義列強が暴力によって築いた「当時の国際秩序」に照らした結論であって、基本的人権の尊重という人類普遍の価値に照らした結論ではありません。そして、第2次世界大戦後の人権を重視する国際法の流れが、まさに帝国主義列強が暴力によって築いた「当時の国際秩序」を問うものであることに鑑みれば、国連創設以前の戦時性暴力を不法行為と構成することは、決して困難ではなく、むしろ第2次世界大戦後の人権を重視する国際法の流れに合うといえます。また、基本的人権の尊重が人類普遍の価値であることを考えれば、国連創設の前後云々は問題ではないでしょう。

日本を代表する「リベラル紙」である朝日新聞は、社説*15で「2015年の日韓『慰安婦』合意を礎に解決模索を」と主張し、それを困難にしたのは「前政権が結んだ合意を文在寅(ムンジェイン)政権が評価せず、骨抜きにしてしまったことが最大の原因だ」と述べています。しかし、それは傲慢な勘違いです。日本の法的責任を曖昧にするための欺瞞にすぎない*16「日韓『慰安婦』合意」では、決して日本軍性奴隷制問題の真の解決を実現することはできません*17。そして、日本軍性奴隷制問題の解決を困難にしているのは、「日韓『慰安婦』合意」を評価しない文在寅政権ではなく、日本軍性奴隷制による人権侵害について法的責任を認めず、口先だけの「おわびと反省」で法的責任を逃れようとする日本政府です。

日本軍性奴隷制問題の真の解決に必要なのは、何よりもまず日本政府が日本軍性奴隷制による人権侵害について法的責任を認め、それに基づいた謝罪をすることです。それゆえ日本政府は、「韓国の裁判所の判決は国際法違反だ」などと詭弁を弄するのではなく、今般の判決を真摯に受け入れるべきです。

 

参考

justice.skr.jp

www.thenewstance.com

 

*1:慰安婦問題 安倍首相が「心からのおわびと反省」表明 | 聯合ニュース

*2:裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

*3:国連国家免除条約  https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/shomei_23.html

*4:外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律 | e-Gov法令検索

*5:「慰安婦」訴訟における主権免除

*6:元慰安婦の損害賠償判決 日韓関係 一層悪化の見通し | 日韓関係 | NHKニュース

慰安婦訴訟で日本政府に賠償命令 韓国地裁、外交関係一層悪化へ | 共同通信

*7:野党も慰安婦判決を批判 立民「日韓関係悪化」 共産は理解 - 産経ニュース

*8:慰安婦賠償判決、日韓に深い傷 65年協定を形骸化: 日本経済新聞

*9:日本軍性奴隷制問題や日帝強制動員問題は、「日韓の政治的対立」ではない。 - あしべの自由帳

*10:世界人権宣言(仮訳文)

*11:

第八条
 すべて人は、憲法又は法律によって与えられた基本的権利を侵害する行為に対し、権限を有する国内裁判所による効果的な救済を受ける権利を有する。

*12:最高裁平成19年4月27日判決 

裁判例結果詳細 | 裁判所 - Courts in Japan

*13:慰安婦訴訟で日本政府に賠償命令 韓国地裁、外交関係一層悪化へ | 共同通信

*14:反日韓国という幻想:日韓の新たな火種に? 「慰安婦賠償請求で日本政府が敗北」するかもしれない驚くべき事情 | 週刊エコノミスト Online

*15:(社説)慰安婦判決 合意を礎に解決模索を:朝日新聞デジタル

*16:12/28日本軍「慰安婦」問題での欺瞞的な日韓政府合意にたいする韓国挺身隊問題対策協議会の立場

*17:[社説]世界基準に合う慰安婦問題解決を日本に求める : 社説・コラム : hankyoreh japan