あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

「ナガサキ」は、「地獄島」を忘れることの免罪符ではない。

「核兵器禁止条約、一日も早く批准を」 田上市長・長崎平和宣言全文 - 毎日新聞

 

安倍首相のあいさつ*1とは対照的に、多くの国民の共感と称賛を呼んでいる田上富久・長崎市長の平和宣言は、核廃絶を訴えるメッセージとしては実に素晴らしいものであると、私も思います。

しかし、このような素晴らしい平和宣言を発することができる田上市長が、どうして軍艦島での朝鮮人・中国人強制連行・強制労働に関しては、「島は決して地獄島と表現されるような状況ではなかった」などと平気で言ってしまえるのでしょうか*2

田上市長は、平和宣言で「どうして私たち人間は、核兵器をいまだになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく死ぬことも許さず、放射能による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごい兵器を捨て去ることができないのでしょうか」と問いを投げかけておられますが、軍艦島での朝鮮人・中国人強制連行・強制労働に関しても同様の問いを投げかけることができるはずです。すなわち、どうして私たち日本人は、日本帝国主義をいまだになくすことができないでいるのでしょうか。人の命を無残に奪い、人間らしく生きることも死ぬことも許さず、戦争および植民地支配下の人権侵害による苦しみを一生涯背負わせ続ける、このむごいイデオロギーとそれに支えられたシステムを捨て去ることができないのでしょうか。

平和宣言にもあるように、「被爆者は、この地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で原子雲の下で何があったのかを伝えてきました」が、それは軍艦島での強制労働の被害者も同じです。被害者は、軍艦島での地獄のような体験を、二度とほかの誰にもさせてはならないと、必死で「(田上市長らが強調する)軍艦島の繁栄」の下で何があったのかを伝えてきました*3。しかし、日本人の多くは、被害者の声を真摯に聞こうとしません。それどころか、政府や少なからぬ国民が強制労働の史実を「強制労働はなかった」などと否定し*4日本帝国主義の犯罪を正当化しようとするのです。

「広島、沖縄、そして戦争で多くの命を失った体験を持つまちや平和を求めるすべての人々と連帯して、核兵器廃絶と恒久平和の実現に力を尽くし続けること」は、もちろん大切なことです。しかし、それは決して「軍艦島での朝鮮人・中国人強制連行・強制労働」という、「ナガサキ」の「負の歴史」を忘れることの免罪符ではありません。それとも、「ナガサキ(あるいはヒロシマ)」は、返り血で汚れた日本の身を清め、加害の歴史を忘れるための「戦後平和主義のヤスクニ」なのでしょうか。もしそうなら、それこそ原爆被害者に対する冒涜です。

 

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