あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

検察官が「準司法官」であるかどうかは、検察庁法改悪問題の本質的論点ではない。

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まず、はじめにお断りしておきますが、私は今般の検察庁法の改悪には断固として反対です。安倍首相は、今国会での成立を断念した理由を「国民のみなさまのご理解なくして、前に進めていくことはできないと考える」と述べていますが*1、政府に都合よく法律をいじることは法治主義に悖るものですから、今般の改悪法案は今国会での成立見送りにとどまらず、これを廃案にすべきです。

しかし、今般の検察庁法の改悪をめぐる議論の中で、どうしても違和感を覚える論点があります。それは、「検察官は行政官か、それとも「準司法官」か」という論点です。改悪反対論者の中には、安倍首相の「検察官は行政官だから、三権分立で言えば行政官」という発言*2を、「検察官は準司法官とも言われ」るという検察OBの発言*3検察庁のホームページに「検察官及び検察庁は,行政と司法との両性質を持つ機関である」と書かれている*4ことなどを挙げて、「検察官は『準司法官』であるから行政官ではない。それなのに検察官を行政官だと言う安倍は嘘つきだ」と批判する人が少なくありません。

たしかに、検察官が公訴権を独占し刑事司法において重要な一翼を担う機関であることから「準司法官」とよばれることがあるのはそのとおりです。しかし、それは検察官が行政官であることを否定するものではありません。

" そこで、①検察官が職務を行うにあたってはパルチザン的であってはならず、公正義務ないし客観義務が課され、②その地位は社会秩序の維持に奉仕する行政官ではあるが、職務の遂行にあたっては司法官的な行動規範による修正が加えられる。検察官がときに「準司法官」とよばれ、また、一方では、行政府に属するため検察官(同)一体の原則が認められるものの、他方では、ある程度の職務の独立があり、そのため裁判官に準じて身分が保障され、法務大臣の指揮権に制約が加えられるのも、そのためである。"(田宮裕『刑事訴訟法有斐閣

また、検察官の「準司法官論」は決して「自明の理」ではありません。

" 検察官の地位については、多々議論がある。……また、他方において、②「検察官の客観義務」あるいは検察官の「準司法官論」という主張もある。検察官に広範な権限が認められているのは、単なる一方当事者ではないからであって、裁判官に準ずる地位にあることを自覚的に議論しようとするものである。しかし、これによって検察官への権限集中を正当化するとすれば、あるべき刑事司法の形態からは遠ざかることになろう。"(田口守一『刑事訴訟法』弘文堂)

今般の検察庁法の改悪をめぐる議論では、どうもこの「準司法官」という言葉が独り歩きしてしまっているような気がしてなりません。もちろん、前述のとおり検察官が「準司法官」とよばれることがあるのは事実です。しかし、今般の検察庁法の改悪をめぐる議論で大切なのは、検察官が公訴権を独占し刑事司法において重要な一翼を担う機関であることから、政治からの独立性と中立性の確保が強く要請されるという点であって、検察官が「行政官か、それとも『準司法官』」は本質的論点ではありません。

私が「準司法官」という言葉の独り歩きを危険だと思うのは、検察官が「準司法官」であることを強調する人たちに対して「逆張り」したいからではありません。改悪反対論者の中には、「準司法官」という言葉にとらわれるあまり、検察官を司法機関そのものだと誤解する人も見受けられますが、そのような誤解は権力分立の趣旨にそぐうどころか、むしろ反するものだからです。すなわち、刑罰が国家による人権制限に鑑みれば、(刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求する)訴追機関である検察官を(具体的な争訟について、法を適用し、宣言することにより、これを裁定する国家作用)司法(司法とは、「具体的な争訟について、法を適用し、宣言することにより、これを裁定する国家作用」をいう)機関である裁判所から明確に分離することが権力分立の趣旨である人権保障に資するのであり、これもある種の権力分立であるといえます。歴史的に見ても、戦前の検察官は裁判所から明確に分離されておらず*5司法官的地位を有していましたが、しかし、現行刑事訴訟法の下では、検察官は司法官としての地位を否定され、行政官として性格づけられるに至りました。検察官が「準司法官」とよばれることがあるとしても、それはあくまでも司法官に準ずる行政官なのであって、司法官そのものではないのです。

さて、検察官が司法機関そのものではないとしても、だからといって今般の検察庁法の改悪が三権分立の観点から問題がないということにはなりません。安倍首相は、どうやら検察官が「三権分立で言えば行政官」であれば問題がないと思っているようですが、それは大きな勘違いです。冒頭で述べたように、政府に都合よく法律をいじることは法治主義に悖るものであり、すなわちそれは立法府と行政府の「あるべき関係」を破壊する点で、三権分立を破壊するものだといえるのです。また、安倍首相のおっしゃるように検察官が行政官であることを考えれば、市民が検察の「あるべき形」について声を上げていくことは、民主主義の観点からすれば非常に重要です。行政は、安倍首相の「私物」ではないのですから。