あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

#好きです韓国 であればこそ

「日韓関係は私たちが守る」、ネットユーザーの間で広がる”好きです”ハッシュタグ│日韓関係│wowKora(ワウコリア)

 

「韓国が好きか」と問われれば、もちろん私は韓国が好きです。しかしながら、「#好きです韓国」や「#좋아요_한국」といったハッシュタグを付けてTwitterに投稿される「歴史問題で国同士の仲が悪くても、それは私たちに関係がないことです」という旨の日本人の声には、私は共感できません。

もちろん、私は「#好きです韓国」や「#좋아요_한국」といったハッシュタグに込められた純粋な思いを無下にするつもりはありません。しかし、今般の「日韓関係の悪化」は、本当に「私たちに関係がない、国同士のいざこざ」なのでしょうか。

今般の「日韓関係の悪化」は、日帝植民地支配下での強制労働被害者を司法的に救済する韓国大法院の判決(いわゆる徴用工判決)に対する、日本政府による「日韓65年体制」という新植民地主義的な非対称の関係を背景とした経済報復に端を発するものです。つまり、これは「国同士のいざこざ」という問題ではなく、日本政府の韓国市民社会に対する植民地主義的な“暴力”という問題です。韓国市民による日本製品不買運動も、「日本が嫌いだから」という主観的なものではなく、まさしく日本政府の韓国市民社会に対する植民地主義的な“暴力”と、この“暴力”の背景にある新植民地主義的体制を支え、その恩恵にあずかる日本企業と“ネオ親日派”に対する抵抗なのです。

このような今般の「日韓関係の悪化」をもたらした日本政府の韓国市民社会に対する植民地主義的な“暴力”は、私たち日本国民にとって決して無関係なものではありません。なぜなら、日本政府の韓国市民社会に対する植民地主義的な“暴力”を許してしまっているのは、ほかならぬ私たち日本国民の「歴史認識」なのですから。

「#好きです韓国」と言う日本人は、本当に韓国が好きなのであれば、否、むしろ本当に韓国が好きであればこそ、「歴史問題で国同士の仲が悪くても、それは私たちに関係がないことだ」などと言うのではなく、日帝の植民地支配という歴史と真摯に向き合い、自己のうちに内面化された植民地主義を克服し、そして韓国市民社会に対して植民地主義的な“暴力”を振るう安倍政権を終わらせるべきです。「#好きです韓国」と言う日本人は、くれぐれも「#好きです韓国」を、日本人が日帝の植民地支配という歴史を忘れるための“免罪符”にしてはなりません。

もっとも、「#好きです韓国」と言う日本人の中には、本稿に反発を覚える人も少なくないかもしれません。たしかに、日帝の植民地支配という歴史は、現在の日本人にとって過去の「与り知らないこと」かもしれません。しかし、誤解しないでください。日帝の植民地支配という歴史と向き合うことで、過去の「与り知らないこと」について現在の日本人が責任を問われるのではありません。現在の日本人が、日帝の植民地支配という史実について、今まさにどのような態度をとるか、それこそが問われるのです。

それでもなお、日帝の植民地支配という歴史と真摯に向き合い、自己のうちに内面化された植民地主義を克服することに反発を覚えるのであれば、残念ながらその人の「#好きです韓国」は、韓国という「友人」を対等に見ない、ただの支配欲でしかないでしょう。