葦辺の車家ブログ

自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない車家(くるまや)ゆきとが感じたこと・考えたことをそこはかとなく書き綴ります。

「日韓の草の根交流」は、歴史を忘れるためのものではない。

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まずはじめにお断りしておきますが、本稿は「日韓の草の根交流」や「韓流ファン」それ自体を批判するものではありません。私が批判したいのは、日本のマスメディアや国民が、日本による朝鮮の植民地支配という負の歴史を忘れるために「日韓の草の根交流」や「韓流ブーム」を利用することです。

本稿の冒頭でリンクした朝日新聞の記事は、「日韓の外交関係が徴用工をめぐる問題などで『過去最悪』ともいわれる中」という書き出しで始まり、「国同士難しい問題はあるのは知っていますが、全然気になりません」という若い日本人旅行者の声を紹介しています。また、そうした若い日本人旅行者が「政治の壁を越えて交流を支えている」のだといいます。

もちろん、日本社会に蔓延する「嫌韓」に影響されない若い日本人旅行者が、「日韓の草の根交流」を支える大切な担い手であることを否定するつもりはありません。しかし、日本の戦犯企業による強制労働問題も、日本軍性奴隷制問題も、「国同士(の)難しい問題」でもなければ、日韓政府間の政治や外交の問題でもありません。それらは、日帝による植民地支配下の人権問題であり、日本人が向き合わなければならない歴史の問題です。しかるに、マスメディアが「日帝による植民地支配下の人権問題」を「日韓政府間の政治や外交の問題」にすり替えてしまうのですから、「日帝による植民地支配下の人権問題」を全然気にしない若い日本人旅行者がいても無理はありません。

日本人大学院生による「第3次韓流ブームを支える10、20代の多くはSNSを通じて自分の趣味に合った情報だけ得ているため、政治の影響をほぼ受けていない」という分析も、政府や右翼メディアによる反韓煽動の影響を受けていないという点では、たしかにその通りでしょう。しかし、例えば日本軍性奴隷被害者を支援するマリーモンドの製品を着用した韓国のアーティストを「反日だ」とバッシングする日本の韓流ファンは、少なくありません。日本軍性奴隷被害者を支援するマリーモンドの製品を着用することの、いったいどこが「反日」だというのでしょうか。日本人が、日本軍性奴隷制という負の歴史にしっかりと向き合っていれば、日本軍性奴隷被害者を支援するマリーモンドの製品を着用することを「反日だ」などとは言わないはずです。「韓流ブーム」は、日帝による植民地支配下の人権侵害という負の歴史を日本人が忘れるためのものでしかないのでしょうか。もしそうなら、私は「韓流ファン」の一人として残念に思います。日本のマスメディアは、素晴らしい韓国のポップカルチャーを日本人が歴史を忘れるために利用しないでください。韓国のポップカルチャーを日本人が歴史を忘れるために利用するのは、「政治と文化は別」であるどころか、むしろ「政治利用」です。

「日韓の草の根交流」はもちろん大切ですし、その第一歩として韓国に関心を抱くきっかけが「韓流」であることは決して悪いことではありません。しかし、「日韓の草の根交流」が、「日本」と「韓国」という国民国家の概念を前提とするものである以上、私たち日本国民は、日本国民として日帝による植民地支配下の人権侵害という負の歴史と向き合うことを避けることはできません。それを避けることを「未来志向」だなどと言うのは間違っています。歴史を忘れた「日韓の草の根交流」に、未来はありません。