あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

9月、千葉の路上で

9月1日は、日本では「防災の日」と定められています。これは、1923年9月1日に発生した関東大震災にちなんだものです。

ご存知のように、1923年9月1日に発生した関東大震災では、多くの命が奪われました。しかし、多くの命を奪ったのは、決して天災だけではありませんでした。また、多くの命を奪われたのは、決して「日本人」だけではありませんでした。関東大震災の発生直後から、被災地では「朝鮮人が暴動を起こす」旨のデマが流布され、デマに煽動された日本人によって多くの朝鮮人が殺害されたのです。

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私たちは、民族虐殺という人道に反する卑劣極まりない犯罪を二度と繰り返さないためにも、この事件の記憶を継承しなければなりません。しかしながら、日本社会ではナショナリズムや排外主義が高まる昨今、この事件を矮小化したり、その存在を否定する言説が幅を利かせています*1。また、相変わらず大きな災害が起きるたびに民族差別を煽動するデマが流布されます(SNSがある今、その拡散力は関東大震災のときの比ではありません。)。

そこで、私はそうした風潮に抗するべく、私が暮らす千葉県にある二つの「記憶の場」を訪ねました。

一つめの「記憶の場」は、八千代市にある観音寺です。ここには、地域住民と在日コリアンによって建立された「関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊の碑」、

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韓日の仏教関係者によって建立された「関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊詩塔」、

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そして韓国からの募金と材料によって建立された「普化鐘楼」

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があります*2

観音寺のある高津やその周辺の村で村民による朝鮮人虐殺が起きたのには、八千代市の隣の習志野市には当時、陸軍の捕虜収容所があったという「地理的事情」がからんでいます。軍や警察当局は、朝鮮人を「自警団などの虐殺からの保護」の名目で収容したものの、「保護」したはずの朝鮮人を近隣の村に引き渡し、村民に殺害させたのです*3。つまり、高津やその周辺の村での虐殺は、単にデマに煽動された村民が憎悪にかられて行ったものではなく、軍や警察当局が村民の差別感情を利用して計画的に行ったものであるといえます。

二つめの「記憶の場」は、船橋市の馬込霊園に建立されている「関東大震災犠牲同胞慰霊碑」です。

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この慰霊碑は、「南北」分断前である1947年の三一節*4 に、在日本朝鮮人聯盟によって建立されました*5

船橋で殺害された朝鮮人の多くが、現在の東武野田線の建設に従事していた朝鮮人労働者でした。

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言うまでもなく、日本が朝鮮を植民地支配しなければ、彼らは殺されることはなかったでしょう。船橋駅北口付近の天沼では、飯場から騎兵隊に連行された朝鮮人労働者50余名が自警団に殺害されました*6。一方、同じ船橋でも、丸山集落のように日本人の住民が集落で暮していた朝鮮人労働者を周辺の集落の自警団から守った集落もありました*7

関東大震災犠牲同胞慰霊碑」のある馬込霊園から3.8㎞離れた同じ船橋市の行田には、海軍無線電信所船橋送信所がありました。現在は、その跡に「船橋無線塔記念碑」が建てられています。

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海軍無線電信所船橋送信所は、一般には「真珠湾攻撃」の電文を送信したことで知られているようですが、関東大震災朝鮮人虐殺事件とも無関係ではありません。それというのも、この送信所から9月3日午前8時15分に打電された各地方長官宛内務省警保局長電文が虐殺を引き起こしたデマの大きな原因となったことに加えて、遭難信号や応援依頼の送信を繰り返して 「鮮人暴動」や「来襲」 といった打電を連送したことによってデマの拡大・伝播に大きく寄与したからです*8。しかし、「船橋無線塔記念碑」には「関東大震災の時には救援電波を出して多くの人を助けた」と書かれているだけで、そのことは一言も書かれていません。

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はたして、この記念碑はどのような「記憶」を承継するためのものなのでしょうか。たしかに、この記念碑によっても漠然と「忌まわしき戦争」に思いを馳せることはできるでしょう。しかし、関東大震災朝鮮人虐殺事件といった、軍国主義下の日本で国家と国民が犯した過ちを、私たちが二度と繰り返さないためには、やはり漠然と「忌まわしき戦争」に思いを馳せるだけでは不十分であり、軍国主義下の日本で国家と国民が犯した「加害の記憶」を承継することがぜひとも必要なのです。