あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

「旭日旗問題」は、「日本人自身の問題」である。

サッカーの国際試合等でしばしば問題になる「旭日旗の使用」ですが、なぜ旭日旗を使用することが問題なのかと問えば、おそらく日本人の多くは「韓国に非難されるから」と答えるでしょう。そのような答えは、裏を返せば「(旭日旗の使用は)韓国さえ非難しなければ、そもそも何の問題にもならない」と主張するものだといえます。実際に「旭日旗そのものに問題はなく、韓国が旭日旗を戦犯旗だと一方的に問題視するから問題化してしまうのである」などという主張や、「旭日旗は韓国以外の国では特に問題とされていない」などという主張も見受けられます。

旭日旗」に対する問題提起の多くが韓国からなされるのは、たしかにそうでしょう。しかし、私は「旭日旗そのものに問題はなく、韓国が旭日旗を戦犯旗だと一方的に問題視するから問題化してしまうのである」などという主張には、到底賛同できません。

思うに、「旭日旗の使用」は「韓国に非難されるから」問題なのではありません。韓国に非難されようがされまいが、「旭日旗の使用」はそれ自体が問題なのです。つまり、「旭日旗問題」は、「日本人はいつまで過去の日本の侵略戦争を美化し、正当化し続けるのか」という「日本人自身の問題」なのです(なお、旭日旗が過去の日本の侵略戦争の象徴であったという歴史的事実を否定するような言説は、そもそも論外です。)。

繰り返しますが、「韓国が非難するしない」は、そもそも問題ではありません。日本人が本当に過去の侵略戦争と決別したというのならば、韓国に非難されようとされまいと、日本人自らの手で「旭日旗」を焼き払わなければならないのです。しかるに、日本人がなおも旭日旗を振り続けるのであれば、日本人が過去の日本の侵略戦争と決別したというのも所詮は「口からでまかせ」だということになりますが、はたして日本人は本当にそれで良いのでしょうか。