あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

何のために「現実」を見るのか

理念を掲げて現状の変革を訴える人に対して、「現実を見ろ」と言う人がいます。もしかすると、「現実を見ろ」と言う人に同調し、理念を掲げて現状の変革を訴える人のことを夢想家だと嘲笑する人は少なくないかもしれません。しかし、私はその「現実を見ろ」という意見には同調できません。なぜなら、その「現実を見ろ」という意見は、現実を見るだけにとどまらず、現状を肯定することまでをも強いるものだからです。

そもそも、理念を掲げて現状の変革を訴える人に対して「現実を見ろ」と言うのは、不当な言いがかりです。理念を掲げて現状の変革を訴える人も、「現実」を見ています。ただ、彼は現状に迎合するためではなく、現状を変えるために「現実」を見るのです。

現状に迎合し、それを他者にも強いる人は、現状を変えようとする人の態度を「非科学的だ」と批判します。たしかに、科学は客観的法則性を認識するものです。しかし、客観的法則性を認識することは、「科学の成果」を用いて現状を変革しようとすることを排斥するものでありません。それどころか、むしろ「科学の成果」を現状の変革に用いることは、客観的法則性の認識の発展にとって重要であるといえます。そして、変革せんとする「現状」は、神によって作られたものなどではなく、権力を握った人間によって作られたものです。人間によって作られたものだから、人間によって変えることができるのです。しかるに、現状を変えることを許さない態度こそ、むしろ形而上学的な非科学的態度だといえるのではないでしょうか。

“哲学者たちは世界をさまざまに〈解釈〉したにすぎない。大切なことはしかしそれを〈変える〉ことである。”―カール・マルクス