あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

つまるところ、根は同じ――日本社会に蔓延る「差別と排除の論理」

障害者ら刺され19人死亡26人負傷、男逮捕 相模原:朝日新聞デジタル http://www.asahi.com/articles/ASJ7V2650J7VULOB00C.html

もしかすると、今回の事件を「特異なもの」と感じている人は少なくないかもしれません。

たしかに、その犯行は卑劣かつ残忍なものです。しかし、人間の尊厳を無視し「異物」として排除するという点で、(人命が奪われるまでには至っていないものの)沖縄における日本政府による蛮行、あるいは排外主義団体による民族差別煽動と「根」は同じなのではないでしょうか。

思うに、くれぐれもこの事件に関する議論を、加害者を「異常者」として、日本社会全体に蔓延る「差別と排除の論理」を隠微し、あるいはしばしそれを忘却するための「スケープゴート」とするような方向に持っていってはなりません。しかし、残念ながらおそらく、この事件に関するマスメディアの今後の論調は、事件の背景に潜む、日本社会全体を貫いている「差別と排除の論理」を告発するものではなく、(「異常者」を社会から分離して排除する方法によって)「社会は防衛しなければならない」というものなのでしょう(既にその予兆は感じられます。)。

結局のところ、「日本社会」は「差別と排除の論理」に徹頭徹尾貫かれているのだと思います。

今回の事件は、日本社会全体に蔓延る「差別と排除の論理」によって引き起こされた「ヘイトクライム」だと言って間違いありません。しかるに、事件の「特異性」に目を奪われて事件に潜む「普遍性」を見失ってしまっては、このような「ヘイトクライム」を未然に防ぐことは決してできないでしょう。そしてまた、現にそうであるように、ヘイトクライム事件を利用した悪質なヘイトスピーチが生み出されてしまうことでしょう。