あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

正論と詭弁、あるいは『佐伯コラム』のトリックについて

(異論のススメ)日本の主権 本当に「戦後70年」なのか 佐伯啓思 - 朝日新聞デジタル

http://www.asahi.com/articles/DA3S11685246.html

上記リンク先のコラムのなかで、佐伯氏は「確かに、サンフランシスコ講和条約には、連合国は日本国民の「完全な主権」を承認する、とある。「完全な主権」が何を意味するかは、多少、議論の余地はあるが、少なくとも、それ以前には、日本は通常の意味での主権国家とはいえなかった、ということになる。事実上、主権は奪われていた。……もしも45年から52年まで、日本が事実上、主権を剥奪されていたとすれば、この間の様々な決定は、日本の主体的な意思に基づいた決定とはいえないからである。いうまでもなく、このことが大きな問題を引き起こすのは、まさにこの間に戦後憲法が制定されたからである。……主権国家ではない国が、果たして憲法を制定できるのか。これは、憲法というものの理念からして、決定的な問題であろう。」と述べておられます。そして、「45年から52年まで、日本が事実上、主権を剥奪されていたとすれば、この間の様々な決定は、日本の主体的な意思に基づいた決定とはいえない」ということを「原則論」だと述べておられます。

東京大学と並ぶ日本の最高学府として名高い、京都大学の教授であった佐伯氏に「原則論」であると言われてしまっては、もはや反論の余地はない、と思う人も少なくないでしょう。

しかし、私が思うに、佐伯氏は議論の「大切な前提」を、あえて隠しています。

それは、佐伯氏が国家主権と国民主権を不可分なものとして捉える立場に立っている、ということです。すなわち、佐伯氏の「原則論」は、ある一つの見解に立ってはじめて成り立つ、諸説あるうちのひとつの説にすぎないのです。

「(日本国憲法は、実質的には、明治憲法の改正としてではなく、新たに成立した国民主権主義に基づいて、国民が制定した民定憲法である、とする)八月革命説には……日本の国家主権と国民主権を不可分なものとして捉える立場から、占領によって国家主権が否定された以上、国民主権の働く余地はなかった。という批判もある。たしかに、国家主権を構成する国家権力の最高性と独立性の二つは伝統的に不可分なものと解されてきたが、その国家主権が条約によって制約されることもあり、また、それが大きく制約されている状態であっても、国民主権の存立そのものが認められなくなってしまうわけではない。」(芦部信喜憲法岩波書店

つまりは、日本の国家主権と国民主権は必ずしも不可分なものではないとして捉えるならば、たとえ日本が国家主権を剥奪されていた占領下であっても、主権を有する国民が日本国憲法を制定したと考えることは十分に可能なのです(ところで、佐伯氏は「主権国家ではない国が、果たして憲法を制定できるのか」と疑問を呈しておられますが、そもそも日本国憲法を制定したのは「国」なのでしょうか。)。実際に、日本国憲法の草案は、完全な普通選挙により国民によって直接選挙された特別議会において、審議の自由に対する法的な拘束のない状況の下で審議され可決されたものでした。

私はべつに、佐伯氏の見解が絶対に間違いだなどというつもりはありません(到底賛同はできませんが。)。ですが、議論の「大切な前提」を隠し、「原則論」という言葉を用いて、あたかも自説が絶対的真理であるかのような言い方をするのは、佐伯氏がアジテーターならともかく、学者としていささか不誠実ではないかと思うのです。「『完全な主権』が何を意味するかは、多少、議論の余地はあるが」などという取って付けたような言い訳は、コラム全体の論調に鑑みれば、決して免罪符にはならないでしょう。

私のような素人が、権威ある学者先生に対してこんなことを言うのは、おこがましいかもしれません。しかし、権威ある学者先生の発言だからこそ、その世間一般に与える影響力を考えると、一市民として黙って見過ごすことがどうしてもできないのです。

 

参考文献

憲法 第六版

憲法 第六版