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あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

「表現の自由」に関する雑感

もしかすると、「ヘイトスピーチ」や「『シャルリー・エブド』の風刺画」といった「表現の自由に係わる社会問題」について、表現の自由が自由過ぎた故のいわば「表現の自由の暴走」であると思う人がいるかもしれません。

しかし、果たして本当にそれは、表現が「自由」である故の「表現の自由の暴走」なのでしょうか。

「自由」とは、読んで字のごとく「自」らに「由」るということです。

そうだとすれば、もしも自分の言動や表現行為が他者を傷つけてしまう恐れがあるとしたら、「自」らの意志に「由」って、その言動や表現行為を差し控えることができるはずです。

にもかかわらず、欲望の赴くままに他者を傷つけるような言動や表現を行うとすれば、もはやそれは「自由」な表現とはいえないでしょう。それは、「表現の自由の暴走」などではなく、いわば「表現の自由」を欲望という名の悪魔に売り渡すようなものではないでしょうか。

とまれ、私たちが「表現の自由」を享受していくには、「自」らの意志に「由」って、他者を傷つけてしまう恐れのある言動や表現を差し控えなければならない――そのためにいちばん大切なのは、もしかすると「想像力」なのかもしれません。