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あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

若者の政治的無関心は、「オタク文化」が原因なのだろうか?

先ごろ、某新聞に掲載されていた談話記事で、「若者の政治的無関心は、オタク文化などファンタジーの世界への逃避が原因である」 旨の主張を目にしました。

このような、政治的無関心の原因が娯楽であるとする主張は、何も目新しいものではありません。しかし、はたして若者の政治的無関心の原因は、本当に「オタク文化などファンタジーの世界への逃避」なのでしょうか。

私が思うに、そもそも「現代の若者は現実と向き合わずファンタジーの世界へ逃避している」という主張自体、乱暴な決めつけでしょう。ですが、仮にそのような主張が事実だとしても、現代の若者が現実と向き合わずファンタジーの世界へ逃避する「原因」こそが、若者の政治的無関心の本当の原因ではないでしょうか。しかるに、そのような本当の原因を追究し解決しようとすることなく、いくら「オタク文化」を非難したところで、若者の政治的無関心の真の解決にはならないと思うのです。むしろ、若者の政治的無関心の本当の原因を追究することを怠り、安易にオタク文化を非難することに逃げることこそ、「ファンタジーの世界への逃避」と言えるのではないでしょうか。

もっとも、オタク文化が、時の政権によって恣意的に政治利用されることもあるかもしれません。しかし、その場合に批判の対象とされるべきは時の権力による利用行為であって、「オタク文化」そのものではないことは言うまでもないでしょう。

ところで、時の政権に批判的な諸兄諸姉の中には、どうも彼らの主張・行動に賛同しない人間に対して、「政治的無関心」あるいは「政治意識が低い」といったレッテル貼りを好む方々がいらっしゃるような気がします(なお、誤解なきようお断りしておきますと、私自身、時の政権に対するスタンスは彼らと異なるものではありません。ですから、尚更もどかしいのです。)。もしかすると、若者の政治的無関心を憂う声も、若者が彼らの主張・行動に賛同しないことへの苛立ちの表れなのかもしれません。しかし、彼らの「選民思想」的な言動も、若者の「政治的無関心」、さらには「政治アレルギー」の一因であるような気がしてならないのです。

「私たちに必要なのは、左翼の教会を空っぽにし、その扉を閉ざし、それを焼き払うことなのだ!」(アントニオ・ネグリマイケル・ハート『叛逆』NHK出版)