あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

はたして、本当に「俺達には関係ない」のだろうか?

特定秘密保護法が成立 機密情報、他国と共有 日本経済新聞 http://s.nikkei.com/18pUpVB

 

インターネット上では、「特定秘密保護法なんて俺達一般人には関係ない」という意見がしばしば見受けられます。そのような意見の主の中には、きっと成人向けゲームや漫画の愛好者も居られるでしょう(決して、私自身は成人向けゲームや漫画を敵視する人間ではありません。むしろ、成人向けゲームの愛好者です。)。

たしかに、特定秘密保護法そのもののみに着目し、政権の言い分を額面どおり受け取るのであれば、「特定秘密保護法なんて俺達一般人には関係ない」のかもしれません(ただ、本当に関係ないと言い切ってしまえるものか現時点では不安が残ります。)。

しかし、特定秘密保護法の成立プロセスに着目してみれば、政権を支える議会の多数派がそこで採った手法が、例えば性表現規制につながるとされる児童ポルノ禁止法の改正においても使われる可能性が充分に考えられるのではないでしょうか。特に、性表現規制の問題に関しては残念ながら特定秘密保護法の場合よりも世間一般の反対の声は少ないのでしょうから、反対の声が黙殺される危険は特定秘密保護法の場合のそれよりも高いと言えましょう。

そうだとすると、今回の特定秘密保護法案の成立に関しても、必ずしも「俺達一般人には関係ない」とは言い切れません。

特定秘密保護法そのものに賛成する人も、その成立プロセスに関しては、ほんの少しでも良いですから疑問の目を向けて欲しいと思うのです。「議会において多数決で成立したのだから何ら民主主義に反しないだろ!」と思う人も、「民主主義=多数決」というのが絶対普遍のものであるという考えに、ほんの少しでも良いですから疑問の目を向けて欲しいと思うのです。

特定秘密保護法の成立を「民主主義の死」であるというマスコミや反対派の主張を揶揄する声もしばしば聞かれます。

たしかに「国民の知る権利」が民主主義にとって必要不可欠であることはその通りですが、しかしマスコミも反対派もその点に少々執着しすぎてはいないでしょうか。

もちろん「国民の知る権利」が蔑ろにされることは民主主義の死を招く要因と言えましょう。ですがそれ以前に、政権の意に沿わない主張をする者はもはや主権者たる国民ではないとする考えこそ、「民」の中に“権利”の「主」ではない「民」の存在を認めるという意味で、民主主義を決定的に死に至らしめる要因となるのでないかと、私は思うのです。“権利”の「主」でない「民」の権利なんて、そもそも問題にする必要はないのでしょうから……。