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あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

「自由」と「義務」について

自由には義務を伴う。

 

この、反論の余地がないように見える「正論」。

しかし、「自由」との関連で「義務」を考える場合、いったい「義務」はいかなる性質を持つものといえるでしょうか。

私が思うに、「義務」を「自由」に伴うものとしてその範囲で考える以上は、「義務」の根拠も自由の本質と絡めて考えるべきです。

そうして、「自由」とは文字通り「自分に由る」ことであるとすれば、「自由」に伴う「義務」は外的な権威によって課されるものであってはならず、一人一人の人間の内面を拠点とするものでなければなりません。さもないと、「義務」は思うがままに「自由」を殺すことが可能となり、「自由」との関連で「義務」を論じることが無意味とまでは言わずとも、ひどく空虚なものとなってしまいませんか。

もっとも、「自由」は神が被造物に与えたもの、国王が臣民に与えたものであると考えるのであれば、義務を外的な権威によって課されるものと解することはごくごく自然なことなのでしょうが…。