あしべの自由帳

こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく。主にラブとピースとエロスにまつわるetc.について考えています。

語り継ぐべき戦争の記憶

明日8月15日は、アジア太平洋戦争における日本の「敗戦記念日」です。毎年この日が近づくと、さまざまなところで「戦争の記憶」が語られます。その趣旨は、悲惨な戦争の記憶を後世に語り継ぐことで、戦争の悲劇を二度と繰り返さない、ということのようです…

ヒロシマ

「ヒロシマ」、それは「広島」を超越した、人類にとって普遍的なものである。 「広島」は、「ヒロシマとしての広島」と、「廣島としての広島」という、二つの顔を持つ。 世界平和の象徴である「ヒロシマ」、それゆえに「ヒロシマとしての広島」は、「平和都…

日本国憲法と「個人の尊重」

日本国憲法の根本原理は何か。それは、「個人の尊重(個人の尊厳の確保)」です。 これは、近代立憲主義が絶対君主の有する主権を制限し、個人の権利・自由を保護しようとする動きの中で生まれたものであるが、しかし「形だけの近代立憲主義憲法」であった大…

「多数決」は民主主義の本質ではない

「民主主義の本質」について、「民主主義=多数決」であると考えている人は、おそらく少なくないでしょう。たしかに、代表民主制においては決議の方法としてたいてい多数決が採用されていますし、また、「小学校で『民主主義=多数決』であると習ったから」…

「内地」という言葉

www.buzzfeed.com この記事は大変示唆に富んでおり、岸政彦先生のおっしゃることにも異存があるどころか、むしろ感銘を受けました。 しかしながら、「内地」という言葉がためらいなく使われている点だけは、どうしても違和感を禁じ得ません。 誤解のないよう…

日本における民族差別の本質的な原因について

日本における民族差別の本質的な原因を「日本人の民族性」に求める人がいます。もしかすると、リベラルな人の中にはこれを「正答」だと思う人も少なくないかもしれません。しかし、私はそれには賛同できません。誤解しないでください、私は「日本における民…

前エントリ「税関当局による朝鮮高校修学旅行土産の不当没収に断固抗議する」について若干の補足

yukito-ashibe.hatenablog.com 税関当局にによる朝鮮高校修学旅行土産の不当没収について、「日本は“法治国家”なのだから、没収されて当然だ」などと言う人がいます。そのようなことを言う人は、おそらく不当没収に対する抗議を「感情論」だと思っているので…

税関当局による朝鮮高校修学旅行土産の不当没収に断固抗議する

修学旅行で北朝鮮土産「税関が不当に押収」 総連が抗議:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL6Y5SB8L6YUTIL036.html この事件に関して、案の定というか、残念ながら「法的根拠があるのだから税関による没収は正当だ」などという声が散見さ…

「旭日旗問題」は、「日本人自身の問題」である。

サッカーの国際試合等でしばしば問題になる「旭日旗の使用」ですが、なぜ旭日旗を使用することが問題なのかと問えば、おそらく日本人の多くは「韓国に非難されるから」と答えるでしょう。そのような答えは、裏を返せば「(旭日旗の使用は)韓国さえ非難しな…

HINOMARU

日本の国旗である「日章旗」に関して、「レイシストが日の丸を差別の象徴にしてしまった」という言説をよく見聞きすることがあります。 たしかに、レイシストがヘイトデモで嬉々として「日の丸」を掲げているのは事実です。しかし、だからといって「レイシス…

日本という国は「HINOMARU」を拝まなければ愛せないものなのだろうか。

RADWIMPSの新曲、軍歌のよう?歌詞めぐり議論に朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL6D42L6L6DUCVL006.html 作詞者である野田洋次郎氏は、ライブで「HINOMARU」を披露した後、「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」と叫んだそうで…

ヘイトスピーチ問題は、「好き嫌い」の問題ではない。

ヘイトスピーチ問題に関して、たとえば「醜悪なマイノリティを嫌いだと言うことさえも許されないのか」と言う人がいたとします。他方、「たとえ醜悪なマイノリティのことが嫌いであっても、マジョリティは醜悪なマイノリティに対して寛容であるべきだ」と言…

「民族差別は善である」という価値観の転倒について

職場や学校、あるいは家庭で、まるで天気の話でもするかのように「普通の日本人」が他民族を蔑視ないしは差別する言葉を発するのを耳にしたことがあるのは、おそらく私だけではないでしょう。 残念ながら、日本社会では「民族差別は悪である」という価値観が…

それは、あなたが「国民」だからです。

あなたの「(日本)国民の常識感覚」からすれば何の問題もない言動が、「他者」から差別的であると批判されたとします。もしかすると、あなたは「国民の常識感覚からすれば何もおかしいことはなく、差別などではない(すなわち、国民の常識感覚からすれば差…

「ヘイトスピーチ」と「オタク」について

巷で繰り広げられている「ヘイトスピーチ」と「オタク」の関係についての議論は、どうも私にはいささか「雑な議論」に思えます。 たしかに、オタク趣味者が民族差別的な言動をとったからといって、それを直ちに「オタクの問題」とするのは間違いでしょう。 …

「平和の少女像」は、「日本」が向き合わなければならない「歴史」である。

先般、韓国を旅した私は、在韓(ソウル)日本大使館“前”の「平和の少女」像を訪問しました。 大使館“前”とはいっても、ご覧のとおり、それは比較的広い道路を隔てた場所です。そのような場所で、静かに(しかし、力強い意志のこもったまなざしで)対峙する小…

自民党政権がめざすのは「改憲」ではなく、「壊憲」である。

「自民党政権がめざすのは『改憲』ではなく、『壊憲』である」などと言うと、おそらく自民党政権の支持者は、私が自民党政権のことが嫌いだからそのようなことを言うのだと思うでしょう。しかし、私は決して「好き嫌い」の問題としてそのようなことを言うの…

表現の自由は、「ヘイトスピーチの自由」を守るためのものではない。

「イオ信組放火事件」*1や「朝鮮総連銃撃事件」*2などからもわかるように、ヘイトクライムが「いま、ここにある危険」となった現在も、まだ「ヘイトスピーチの自由も表現の自由として保障される」と言ってはばからない人が少なくありません。 たしかに、「ヘ…

「日本は民主主義国家である」と信じて疑わない「日本国民」に、伝えたいこと。

おそらく、「日本国民」の多くが「日本は民主主義国家である」と信じて疑わないでしょう。たしかに、日本は政体として代表民主制を採用していますから、その限りでは「日本は民主主義国家である」と言えるかもしれません。しかし、民主主義の本質に鑑みると…

「ヘイトスピーチ、許さない」だけでは、「木を見て森を見ず」である。

政権与党である自民党の議員が「ヘイトスピーチ、許さない」と言ったとして、それを好意的に受け止める人は少なくないでしょう。 もちろん、私はそれを悪いことだと言うつもりはありません。しかし、私はそれを手放しで称賛することに、どうしてもためらいを…

人権は「人間の権利」であって、「国民の権利」ではない。

日本国憲法第11条は「『国民』は、すべての基本的人権の享有を妨げられない」と規定し、また、第12条は「この憲法が『国民』に保障する自由及び権利は……」と規定していることから、日本国憲法による人権の保障が及ぶのは、あたかも「日本国民」だけであるか…

「表現の自由」について論じる上で、大切なこと。

ある表現に対する私人(個人)による批判を、あたかも国家による規制や介入と同じものであるかのように論じる人が、しばしば見受けられます。おそらく、彼らは自分たちの愛好する表現が迫害されているように感じるゆえに、私人による批判をあたかも国家によ…

「日本の民主化」を実現するために

おそらくこれまでは、多くの日本国民が「日本は民主主義国家である」と信じて疑わなかったでしょう。しかし、「森友学園問題」で「日本は民主主義国家である」という確信が揺らいだのでしょうか、「日本を民主化しよう」という声が上がり始めています。 もち…

「森友学園問題」の本質

《3分でわかる》森友学園、財務省の文書「書き換え」疑惑をイチから振り返ってみました https://www.huffingtonpost.jp/2018/03/11/moritomo_a_23382926/ いわゆる「森友学園問題」に関して、行政府が立法府を欺くために公文書を改ざんするという議会制民主…

「安倍政治」は、「自民党政治」そのものである。

もしかすると、「安倍政権」は、これまでの自民党政権とは異なる「異常な政権」である、という認識の人も少なくないかもしれません。たしかに、私も、安倍政権は「戦後最悪の政権」であると言っても過言ではないと思います。しかし、安倍政権が、これまでの…

「3.11」と「復興」について

正直なところ、私は「3.11」について語る言葉を未だ持てずにいます。 そんな私が、ただ一言だけ言えることは、「人間を切り捨てるな」ということです。 どうか「復興」の美名の下に人間を切り捨てないでください。 もっとも、「人間を切り捨てるな」というこ…

「戦後平和主義」を問い直そう、安倍首相とは真逆の方向で。

「『戦後平和主義』を問い直そう」と言うと、もしかすると安倍首相が主張する「戦後レジームからの脱却」なるものに、私が賛同していると思う人もいるかもしれません。 誤解しないでください。私は決して、「戦後レジームからの脱却」なるものに賛同して「『…

「3月1日」に、日本国民が果たすべき「植民地支配責任」について考えてみる。

「日本国民は、過去の日本による植民地支配に関して、責任を果たすべきである」などと言えば、おそらく多くの日本国民は、「我々が直接関与したわけではない“過去の日本による植民地支配”に関して、我々が責任を問われる筋合いはない」と反発するでしょう。 …

「知」は、薬にもなれば毒にもなる。

「知性と教養のある人間は、差別主義者にはならない」ということが、しばしば言われます。たしかに、私も主に読書を通じて差別主義を克服するための知見を得てきましたから、差別主義を克服するために「知ること、学ぶこと」が有益であることは否定しません…

前エントリ「三浦瑠麗氏とフジテレビによる民族差別煽動に断固抗議する」の補足

前エントリ「三浦瑠麗氏とフジテレビによる民族差別煽動に断固抗議する」について、若干補足します。 たしかに、問題となった三浦瑠麗氏の発言それ自体は、三浦氏の「言い訳」にもあるように、民族差別煽動とは言い難いようにも思えます。 しかし、前エント…