あしべの自由帳

芦部ゆきとが言いたいことを書き綴るだけの、そんな「自由帳」です。

ヘイトスピーチを正当化する「詭弁」について

ヘイトスピーチ規制に関して、規制反対派の中には「少数者の権利を守るものは、多数決によっても侵害し得ない『表現の自由』以外にはなく、マイノリティーこそ『表現の自由』を大事にすべきである(から、ヘイトスピーチを規制すべきではない)」ということ…

フジテレビと法務省入国管理局による悪質な人種・民族差別扇動に断固抗議する

www.asahi.com フジテレビ系で6日夜に放送された「タイキョの瞬間!密着24時」は、国家権力に迎合するマスメディアと国家権力のいわば「共犯関係」による、悪質極まりない人種・民族差別煽動にほかなりません。 案の定フジテレビは、「取材に基づいた事実を…

歴史を忘れた「日韓関係」に未来はない

www.asahi.com 朝日新聞のこの社説は、一口で言うと、非対称な「どっちもどっち論」で「問題の本質」をはぐらかす、(朝日新聞らしいといえば朝日新聞らしい)浅薄な社説です。 たしかに、この社説も、「『過去の直視』を日本が怠り……」と、日本の責められる…

高橋哲哉教授の「米軍基地引き取り論」への疑問

「なぜ「県外移設」=基地引き取りなのか」東京大学教授・高橋 哲哉 | 特集/混迷する世界への視座 沖縄への異常な基地偏在が「沖縄差別」であることについては、もちろん私も異論はありませんし、私自身が構造的には「差別している側」の人間であることは…

「国民性」という概念を用いて「日本における差別」を語ることの危うさ

日本社会に差別が蔓延する理由として、「国民性」という概念を持ち出す人がいます。 おそらく、それに賛同する人も少なくないでしょう。 しかし、私はそのように「国民性」という概念を安易に持ち出すことには賛同できません。思うに、そこでいう「国民性」…

独立紀念館で考えたこと

過日、韓国を旅した私は、天安にある独立紀念館を訪問しました。 独立紀念館は、日本ではしばしば「(韓国国民の)ナショナリズム高揚のための反日施設」だなどと評されます。 もちろん、国立博物館に準ずる施設ですから、「ナショナリズム高揚」的な要素が…

ヘイトアクションは、「日本の恥」だから許されないのではない。

日本の団体が台湾の慰安婦像に乱暴 国民党議員、日台交流協会前で抗議 | 政治 | 中央社フォーカス台湾 日本の保守団体メンバーによる、この卑劣な行為に対しては、日本でも少なからず非難の声が上がっています。しかしながら、その多くが「日本の恥である」…

「元ネット右翼」のあなたへ

「私がネトウヨになったのは、外国人の権利を主張するばかりで日本人のために権利を主張してくれない左翼のせいだ」と言う、元「ネット右翼」の人がいます。どうやら、そのような言い訳に共感し、左翼に反省を求めるリベラル人士も少なくないようです。 もち…

9月、千葉の路上で

9月1日は、日本では「防災の日」と定められています。これは、1923年9月1日に発生した関東大震災にちなんだものです。 ご存知のように、1923年9月1日に発生した関東大震災では、多くの命が奪われました。しかし、多くの命を奪ったのは、決して天災だけ…

「本当の保守」論について

最近、巷で「本当の保守」という言葉をよく見聞きします。それは、安倍政権の支持者よりも、むしろ「反安倍政権」の人の口からよく聞かれる言葉であると思います。 もちろん、安倍政権に対する私のスタンスは「反安倍」です。しかし、それ以前に左翼である私…

語り継ぐべき戦争の記憶

明日8月15日は、アジア太平洋戦争における日本の「敗戦記念日」です。毎年この日が近づくと、さまざまなところで「戦争の記憶」が語られます。その趣旨は、悲惨な戦争の記憶を後世に語り継ぐことで、戦争の悲劇を二度と繰り返さない、ということのようです…

ヒロシマ

「ヒロシマ」、それは「広島」を超越した、人類にとって普遍的なものである。 「広島」は、「ヒロシマとしての広島」と、「廣島としての広島」という、二つの顔を持つ。 世界平和の象徴である「ヒロシマ」、それゆえに「ヒロシマとしての広島」は、「平和都…

日本国憲法と「個人の尊重」

日本国憲法の根本原理は何か。それは、「個人の尊重(個人の尊厳の確保)」です。 これは、近代立憲主義が絶対君主の有する主権を制限し、個人の権利・自由を保護しようとする動きの中で生まれたものであるが、しかし「形だけの近代立憲主義憲法」であった大…

「多数決」は民主主義の本質ではない

「民主主義の本質」について、「民主主義=多数決」であると考えている人は、おそらく少なくないでしょう。たしかに、代表民主制においては決議の方法としてたいてい多数決が採用されていますし、また、「小学校で『民主主義=多数決』であると習ったから」…

「内地」という言葉

www.buzzfeed.com この記事は大変示唆に富んでおり、岸政彦先生のおっしゃることにも異存があるどころか、むしろ感銘を受けました。 しかしながら、「内地」という言葉がためらいなく使われている点だけは、どうしても違和感を禁じ得ません。 誤解のないよう…

日本における民族差別の本質的な原因について

日本における民族差別の本質的な原因を「日本人の民族性」に求める人がいます。もしかすると、リベラルな人の中にはこれを「正答」だと思う人も少なくないかもしれません。しかし、私はそれには賛同できません。誤解しないでください、私は「日本における民…

前エントリ「税関当局による朝鮮高校修学旅行土産の不当没収に断固抗議する」について若干の補足

yukito-ashibe.hatenablog.com 税関当局にによる朝鮮高校修学旅行土産の不当没収について、「日本は“法治国家”なのだから、没収されて当然だ」などと言う人がいます。そのようなことを言う人は、おそらく不当没収に対する抗議を「感情論」だと思っているので…

税関当局による朝鮮高校修学旅行土産の不当没収に断固抗議する

修学旅行で北朝鮮土産「税関が不当に押収」 総連が抗議:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL6Y5SB8L6YUTIL036.html この事件に関して、案の定というか、残念ながら「法的根拠があるのだから税関による没収は正当だ」などという声が散見さ…

「旭日旗問題」は、「日本人自身の問題」である。

サッカーの国際試合等でしばしば問題になる「旭日旗の使用」ですが、なぜ旭日旗を使用することが問題なのかと問えば、おそらく日本人の多くは「韓国に非難されるから」と答えるでしょう。そのような答えは、裏を返せば「(旭日旗の使用は)韓国さえ非難しな…

HINOMARU

日本の国旗である「日章旗」に関して、「レイシストが日の丸を差別の象徴にしてしまった」という言説をよく見聞きすることがあります。 たしかに、レイシストがヘイトデモで嬉々として「日の丸」を掲げているのは事実です。しかし、だからといって「レイシス…

日本という国は「HINOMARU」を拝まなければ愛せないものなのだろうか。

RADWIMPSの新曲、軍歌のよう?歌詞めぐり議論に朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASL6D42L6L6DUCVL006.html 作詞者である野田洋次郎氏は、ライブで「HINOMARU」を披露した後、「自分の生まれた国を好きで何が悪い!」と叫んだそうで…

ヘイトスピーチ問題は、「好き嫌い」の問題ではない。

ヘイトスピーチ問題に関して、たとえば「醜悪なマイノリティを嫌いだと言うことさえも許されないのか」と言う人がいたとします。他方、「たとえ醜悪なマイノリティのことが嫌いであっても、マジョリティは醜悪なマイノリティに対して寛容であるべきだ」と言…

「民族差別は善である」という価値観の転倒について

職場や学校、あるいは家庭で、まるで天気の話でもするかのように「普通の日本人」が他民族を蔑視ないしは差別する言葉を発するのを耳にしたことがあるのは、おそらく私だけではないでしょう。 残念ながら、日本社会では「民族差別は悪である」という価値観が…

それは、あなたが「国民」だからです。

あなたの「(日本)国民の常識感覚」からすれば何の問題もない言動が、「他者」から差別的であると批判されたとします。もしかすると、あなたは「国民の常識感覚からすれば何もおかしいことはなく、差別などではない(すなわち、国民の常識感覚からすれば差…

「ヘイトスピーチ」と「オタク」について

巷で繰り広げられている「ヘイトスピーチ」と「オタク」の関係についての議論は、どうも私にはいささか「雑な議論」に思えます。 たしかに、オタク趣味者が民族差別的な言動をとったからといって、それを直ちに「オタクの問題」とするのは間違いでしょう。 …

「平和の少女像」は、「日本」が向き合わなければならない「歴史」である。

先般、韓国を旅した私は、在韓(ソウル)日本大使館“前”の「平和の少女」像を訪問しました。 大使館“前”とはいっても、ご覧のとおり、それは比較的広い道路を隔てた場所です。そのような場所で、静かに(しかし、力強い意志のこもったまなざしで)対峙する小…

自民党政権がめざすのは「改憲」ではなく、「壊憲」である。

「自民党政権がめざすのは『改憲』ではなく、『壊憲』である」などと言うと、おそらく自民党政権の支持者は、私が自民党政権のことが嫌いだからそのようなことを言うのだと思うでしょう。しかし、私は決して「好き嫌い」の問題としてそのようなことを言うの…

表現の自由は、「ヘイトスピーチの自由」を守るためのものではない。

「イオ信組放火事件」*1や「朝鮮総連銃撃事件」*2などからもわかるように、ヘイトクライムが「いま、ここにある危険」となった現在も、まだ「ヘイトスピーチの自由も表現の自由として保障される」と言ってはばからない人が少なくありません。 たしかに、「ヘ…

「日本は民主主義国家である」と信じて疑わない「日本国民」に、伝えたいこと。

おそらく、「日本国民」の多くが「日本は民主主義国家である」と信じて疑わないでしょう。たしかに、日本は政体として代表民主制を採用していますから、その限りでは「日本は民主主義国家である」と言えるかもしれません。しかし、民主主義の本質に鑑みると…

「ヘイトスピーチ、許さない」だけでは、「木を見て森を見ず」である。

政権与党である自民党の議員が「ヘイトスピーチ、許さない」と言ったとして、それを好意的に受け止める人は少なくないでしょう。 もちろん、私はそれを悪いことだと言うつもりはありません。しかし、私はそれを手放しで称賛することに、どうしてもためらいを…